特定非営利活動法人 場の研究所 The "BA" Research Institute

2010 年 3 月 のアーカイブ

木の花

2010 年 3 月 30 日 火曜日

川向かいにある

果樹園を営む老夫婦から

ちょっとしたものを頂きました。

寒い冬の間

仏壇に供える

木を細工して創った花です

何気ない花のようですが

じっと眺めていると・・・

不思議ですね

懐かしさ

温かさ

哀しさが

どこからか湧きあがって来て

胸が熱くなってきました。

昔の人々は

この花を、どんな想いで作り、

どんな想いで伝えてきたのでしょうか。

花を刻んだ手の皺までが

その花弁一枚一枚に刻印されているみたいに

力強い〈いのち〉そのものが伝わってくるようです。

厳しい自然、

そして厳しい時代を生きてきた人々の暮らしが

この花に

例えようもない美しさを滲ませてくれているのですね。

民芸品の美しさにもあるように

自然と向き合う人々の暮らしが

その作品に映されて

深い感動が湧き上がってきます。

現代のア-トに

大切な何かを静かに問いかけてくれているようにも思います。

鍵穴の美・・・ふと浮かんできました。

携帯の下手な写真でうまく伝わらないのは残念ですが

何かを感じてみて頂ければ幸いです・・・・。

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馬が合う

2010 年 3 月 26 日 金曜日

馬が合う

 

-気が合う、意気投合する (広辞苑)-

 

馬が合う人といるのは

 

心地よいものですね

 

 

馬の合わない人とは

 

なかなか関わりも難しく

 

「私は馬の合わない!あの人とは絶対ダメ!」

 

なんて感情的になったりします

 

 

馬の合う人も、もちろん大切ですが

 

ご近所様なんてことになれば

 

一生付き合っていかねばならず

 

馬の合わない人でも、やっぱり付き合い方を考えなくてはいけなくなります。

 

ここが上手くいかないといろんな誤解が生まれたり

 

 

トラブルが起きたりということになってしまいます。

 

 

そこで、この「馬」のところをどう合わせればいいかという工夫が要求されます。

 

「面倒だなあ」なんて思うこともそりゃあ、ありますが・・・

 

この工夫が実はとても勉強になってるように思います。

 

共存在を考えるときには

 

馬が合わない人とどう付き合うのかを考えていく方が、

 

 

馬の合う人を集めるよりも

 

 

ずっと役に立ちそうです。

 

自分にとっては、最初は嫌なことになるかもしれませんが

 

 

合わなかった「馬」を合わせられたときには

 

居場所を少し深めていけたかなという実感があります。

 

 

馬が合うことを求めるのではなく

 

 

馬を合わせることを考えていくことは

 

自分にとって都合のよい人ばかりを求める小さな世界を拡げて、

 

 

広い縁の世界を深めていくことにもつながっていくのではないでしょうか。

 

 

町内会の班長の役割も終わりに近づいてのささやかな感想・・・でした。

分かる世界

2010 年 3 月 23 日 火曜日

分かる世界

 

それが本当の世界で

 

 

分からない世界は

 

あるかないかも分からなくて

 

怪しくて

 

信じられない世界だと

 

 

そんな風に考えてきたような気がします

 

 

テレビに出てきた偉い先生が

 

分からない世界の表現者たちを

 

あざ笑っています。

 

集まった人々も

 

一緒にそれを笑います。

 

 

自分が分かることの出来る限界を

 

問われていないその場所が

 

どれだけ閉じた世界かを問う人は

 

そこにはいないということでしょうか。

 

 

分からない世界は

 

今日もア-トという形をとって

 

 

閉じた世界に向けて

 

不思議を含んで

 

描かれているのですが

 

さて、それは

 

そこの世界の人々に

 

どんな風に映っているのでしょうか・・・

定例勉強会報告です

2010 年 3 月 21 日 日曜日

3月19日金曜日、定例勉強会が開催されました。

今回の勉強会のテ-マは

新しい時代のドラマづくり
  ~地球文明の時代を創造的に生きていく為に~

清水先生からは

「里山的境界としての観客席」についてお話を頂きました。

近代文明から地球文明へと大きな転換期を迎えて、私たちはどう生きていけば良いのか?しっかりと問いかけなければならない問題です。

勉強会の最初は近代文明から地球文明への転回についてのお話でした。

近代文明の歴史についてお話をお聞きしていると、まさに目に見えるもの、人間の認識できることだけを世界の中心において発展を遂げてきた文明としての姿が見えてくるようです。

残念なことにそこでは、目に見えない形ところで地球を支え続けてきた様々な生き物たちの存在はどこかに忘れ去られているようです。

しかし、見えないところを無視して、見えるところだけで地球という命を考えることは、もちろん出来ません。

自己を問う、つまり人間自身をもう一度問い直すところを出発点にして、地球という大きな舞台の循環(生命の贈与循環)の中に、あらゆる生き物たちと同じ立場に立って、私たち人間も責任を持って参加し、共に存在を認め合いながら、地球と言う舞台におけるドラマを演じていけるような世界を創っていくこと。

それが、末来に向けた地球文明の姿であるということを今回は学ばせて頂くことが出来たように思います。

確かな思想的転回を図っていくためには、今の時代がどのような時代なのかを、しっかりと掴みながら、先にも述べたような「地球と言う舞台の中でドラマを演じる役者」として、もう一度、私たち人間の存在を位置付けてみるということが必要となってくるようです。あらゆる生き物たちとつながり合って、生命の贈与循環という生も死も含んだ壮大なドラマに私たちも参加しているのだという自覚。その自覚が本物となれば、例えば今、問題となっている環境への取り組み方も大きく変わっていくものと思います。

今回は、更に、サッカ-を題材に、即興劇モデルについてのお話へと展開し、テーマとなった観客席づくり、里山づくりについてのお話も頂きました。又、存在感情、そして精神の免疫作用についてなど、共存在の深化させていく上でも大切なところについても詳しいご説明がありました。

年度替りということも重なって、比較的小人数での勉強会となりましたが、その分、皆さん一人一人のご意見、ご感想をお聞きすることが出来て大変有意義な勉強会となりました。100319_1949351

定例勉強会

2010 年 3 月 21 日 日曜日

3月19日金曜日、定例勉強会が行われました。

ご参加頂いた皆さん、ありがとうございました。

内容は、勉強会レポ-トにアップしています。

本日は定例勉強会があります

2010 年 3 月 19 日 金曜日

本日3月19日(金)は
場の研究所が主催の公開定例勉強会です。

みなさまのふるってのご参加を
お待ちしております!

できれば事前の参加申し込みをしていただけるのが都合がよいのですが
直接ご来場していただいても問題ありません。

—-

日時:

 2010年3月19日(金) 18:00~20:30

場所:

 「十思スクエア」中央区NPO・ボランティア団体交流サロン内 会議室
 東京都中央区日本橋小伝馬町5番1号
 電話:03-3666-4761

地図:

 http://banokenkyujo.org/wp-content/uploads/map_jisshi_square.gif

参加費:

 会員…5000円 非会員…6000円
 ※非会員の方は、初回のみ1000円割引となります。

定員:

 25名

申し込み方法:

 はじめての方は必ず下記の☆についてご記入ください。
 過去1年以内に参加の方・会員の方はお名前だけで結構です。

 以下のフォームに記入し、benkyokai@banokenkyujo.orgまで送付ください。

———————————————————–

★申込者氏名(ふりがな)

☆性別 ☆年齢

☆所属名(会社・団体名)・役職

☆連絡先

☆E-Mail

☆住所 〒
———————————————————-

クロマグロに・・・

2010 年 3 月 19 日 金曜日

昨日のニュ-ス

  

ド-ハで開かれている野生動植物の国際取引を規制するワシントン条約の締約国会議は

  

結果的に、大西洋・地中海クロマグロの国際取引を禁止する提案を反対多数で否決した。

  

ということでした。

 

 

クロマグロの最大輸入国である日本は、ほっと一安心とところでしょうが・・・

  

さあ、これで本当に良かった、良かったでは終われそうにありませんね。

 

 

国際会議の場で、

  

本当に問いかけなければいけないこと

  

 

なんだろう・・・

  

 

想いを巡らせていると

 

ふと

 

金子 みすゞ の詩が

 

浮かんできました。

 

 

朝焼小焼だ
 

大漁だ

 

大羽鰮の大漁だ。

 

濱は祭りのようだけど

 

海のなかでは

 

何萬の

 

鰮のとむらい

 

するだろう。

 

 

大切な声

 

どこかにかき消されてしまっていないでしょうか

 

聞こえて欲しいですね。

いい本ですね

2010 年 3 月 16 日 火曜日

「葉っぱのフレディ-」

 

絵本のベストセラ-として

 

皆さんもよくご存じだと思います

 

 

先日、娘に

 

一緒に読もう!

 

と言って買ってきたのですが・・・

 

 

とてもいい本ですね。

 

葉っぱとして生まれたフレディ-が

 

移り変わる季節の中で

 

自分の存在について

 

問いかけていく

 

 

喜び

 

不安

 

悲しみ

 

 

生とは何か

 

死とは何か

 

 

それを

 

フレディ-自身の目線と

 

ダニエルという賢者のような友人を通じての

 

生命全体から眺めた目線からの

 

語り合いの中で

 

穏やかな春の日差しのように始まって

 

そして

 

雪の中に静かにその命を横たえながら

 

またやって来る春の光の中に終わっていく

 

 

読み終わった後に残る

 

何とも言えない響き

 

胸が熱くなります。

 

 

場の勉強会では

 

生命の贈与循環について

 

さまざまな視点から学ばせて頂いていますが

 

そのことが、この物語のその響きを

 

更に格別なものにしてくれたように思います・・・

 

 

 

1、2、3・・・

2010 年 3 月 12 日 金曜日

先日、ある音楽家とのお話。

 

その方は、打楽器をやっている方で、

 

よくいろんなお話をお聞きするのですが

 

その方が、最近、あることに気づいて音楽に対する方が

  

大きく変わったというのです

 

 

あの

 

打楽器って

 

1.2.3.・・・ってリズム取りますよね

 

でも、その1が、ふっと向こうの方から来る感じをつかむと

 

リズムが全く違ってくるというのです。

 

 

これまでのように

 

1を始点に音楽を始めると

 

どうも、機械的な音になってしまう

 

 

しかし、それをやめて自然な気持ちで

 

ふっと向こうから来る“1”を迎えるようにして始めると

 

そこから“1”を始めた途端に

 

音全体が全く変わってしまう

 

1の段階で、既に2と、2の裏、33の裏のその裏も・・・

 

もう出てきてるのが分かるようになったんですよと。

 

 

そして、こうなってくると

 

音がずっと繋がっていて、生命感みたいなものがぐっと出てくる

  

奥行きが出てくるっていうんですよ。

 

  

ははあ・・・ですよね。

 

 

そのことを聞いたときに

 

一番最初に頭に浮かんだのが

 

一即多、多即一

 

という言葉でした。

 

 

それから

  

場の研究では

  

統合的回来という考え方がありまして

  

これも、未来から来る、

  

場の方から来るはたらきということなのですが

  

これが、先の打楽器のお話と大いに重なっているように感じました。

  

 

解釈うんぬんは置いといて

 

向こうからくる感じをつかんだ彼は、

 

何か大きな音の気づきを得たような

 

実に爽やかな表情をしてます。

 

 

創造の苦しみを持っているからこそ

 

この表情があるんだと思います

 

 

二重生命的だなあ~って

 

思わず、感心してしまいました。

 

 

一言では言えませんけど

 

やっぱり素晴らしい!

積み木

2010 年 3 月 9 日 火曜日

積み木

 

積み方で

 

いろんな形になる

 

家や車

 

それから動物・・・

 

 

崩れたら

 

また積み上げて

 

同じ形を何度も作ることだってできる

 

 

1個の積み木を無くしても

 

おんなじものを持ってくれば

 

また、おんなじ形を積み上げることが出来る

 

壊れても

 

また同じ積み木を買えば

 

おんなじ形がちゃんと出来る

 

 

生命とはずいぶん違いますね。

 

 

でも

 

私たちは

 

そのことが本当に分かっていると言い切れるでしょうかねえ・・・

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