特定非営利活動法人 場の研究所 The "BA" Research Institute

投稿者:清水 博
更新日:2009年1月8日
清水 博

私たち自身、そしてその私たちが生きている家庭、社会、自然とは何かと、よくよく考えていきますと、それは「生きていくという動的な現象」がおきている場所であることがわかってきます。分かりやすく言い換えてみると、それは「生きていくはたらきという動詞」なのです。人間がおこなってきた大きな誤りは、この動詞を頭の中で「生きているものという名詞」に置き変えて、その名詞の方が実体であると見なしてきたことです。このことから、「生きていくこと」が「生きているもの」に置き換わります。

この動詞と名詞の置き換えから〈いのち〉に関するいろいろな素晴らしいことが見えなくなってしまうのです。場とは、動詞としての本来のはたらきを、名詞になっている私たちに取り戻させる動詞としての場所の全体的なはたらきのことです。西田幾多郎の言葉を使うと、〈いのち〉というものは、どこまでも述語(動詞)であて主語(名詞)とはならないものです。

動詞としての〈いのち〉の世界ではたらく動詞としてさまざまな表現は、華のはたらきにたとえられると思います。というよりも、花こそが〈いのち〉の華としての動詞なのです。そしてその華をいろいろな苦悩を背負って生きていこうとしている人々、そしていろいろな生き物たちにも分けて上げたいですね。

清水 博

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