家庭や、職場や、市場(いちば)のように、人々が生活する舞台のことを場と呼びます。社会や、市場(しじょう)も、場の一種です。

 人々は、場を舞台にして、一緒に生活という即興劇を演じる役者たちにたとえられます。したがって、場がよければ、よいドラマが生まれます。また場が悪ければ、悪いドラマが生まれてしまうのです。

 よい場の中では、人々は自分の存在を互いに自由に表現しながら一緒にドラマをすることができます。それは人々が互いにケアし合うからできるのです。場が悪いと、人々は互いにケアしようとする心を失ってしまいます。そのために互いの表現がぶつかり合って、一緒にドラマをしようとする気持ちが無くなってしまうのです。

 いま全国のさまざまな地域で新しいコミュニティづくりの運動が始まっていますが、これは場という舞台づくりから生まれる地域の人々のドラマづくりに発展していくのです。コミュニティと場とはつながっているのです。

 また、場は成長するものです。だから、人々が大切に育てていくものです。場が成長すればするほど、そこから素晴らしいドラマが生まれてくるのです。このことは、場にいる人々に大きな喜びを与えてくれます。また人々が育てていかなければ、場は次第に閉鎖的になって、自分の存在を自由に表現することができなくなりって、場に縛られることになります。

 場にあることで重要なことは、場の中に存在するものは、その場にただ一つしかない欠け換えのない存在者となるということです。家族にとって、同じ家庭に存在する家族や犬や猫は欠け換えのない存在であることはわかっていただけると思います。生き甲斐のある人生を送るためには、人生の場で欠け換えのない存在としてよいドラマを演じるということです。そのためには、一生をかけて場を大切にケアしながら育てていくことが大切です。

 これができるように、子供たちと一緒に場を育てていくことが家庭教育であり、また学校教育なのです。教育で一番大切なことは知識を覚え込ませることではなくて、その中で子供が自分の存在を表現することができる場を育て、その場を子供が獲得することです。自分の存在を自分で表現しようとする子供の気持ちを抑えて、親や教師が表現を押し付けると、やがて場が悪くなり、引きこもりや、暴力が生まれてしまうのです。

 場に存在するもののことを存在者と呼びます。存在者は人間ばかりではありません。物でも存在者になることができます。存在者とは、場の人間と一緒にドラマを演じることができるものです。一緒にドラマを演じるということは、場の歴史を共有するということです。人生というドラマを一緒に演じてくれる物は欠け換えのない存在となるのです。

 このように場は、人間にとって非常に重要なものですが、そのことがあまり広く理解されていません。場について、もっと多くを学び、研究し、それを実際に活用することが、場の研究所の目的です。


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