特定非営利活動法人 場の研究所 The "BA" Research Institute

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場の研究所 メールニュース 2008年12月1日号

2008 年 12 月 25 日 木曜日

場の研究所 メールニュース 2008年12月1日号 Since 2005年5月
「未来の居場所作り、創めよう」 http://www.banokenkyujo.org

このメールマガジンは、NPO法人場の研究所のメンバー、場の研究所の関係者と名刺交換された方を対象に送付させていただいています。
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本年もいよいよ押し迫ってまいりましたが、 皆様におかれましては益々ご健勝のこととお悦び申し上げます。

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■場の研究所メールマガジンって?
場の研究所の活動の様子をメールマガジンを通じて、月1回~2回のペースでご報告&連絡していきます。また、会員・関係者のレポート・イベント情報等も掲載を通じて、生きている場のはたらきに関係して命を深く考えていくことにご関心のある方のコミュニケーションに役立てれば幸いです。

*お知らせ
清水博先生の「出会いトーク」の連載が始まりました。これから毎月少しずつ分割してお送りします。また「今月の一言」という覧も書いていただくことにしました。
 
■12月19日(金)場の研究所 定例勉強会
テーマ:「〈いのち〉の場へ問いかける」
「生き物たちは、共存在する生者と死者とが生存の場に生み出す〈いのち〉の循環を増大させるように、子孫を増やし、そしてその姿形やはたらきを生存の場に合わせて柔軟に変えながら、互いの生死の間の繋がりの密度を高めていく。この生存の場における〈いのち〉の循環が増大していく現象を、私は「共存在の深化」と呼んできた。絶えず深化していく生存の場に自分の存在を位置づけることができる種は生き残り、できなければ絶滅してしまうと、私は考えている。このために生き物たちは自身の生き残りをかけて、「自分の存在はどうあるべきか」と生存の場に問いかけては、その答えを自分で発見して変化をすることを繰り返して生きているのである。問いかけを怠った種は、衰亡への道をたどる。共存在原理とは、共存在深化の原理なのである」と清水先生は述べられています。一国中心主義的にグロ-バル化と無限の膨張を推し進めてきたこれまでの経済がついに限界を迎え、社会にも言いようのない不安をもたらし、私たちの日々の暮らしにまで暗く広がっています。自国の利益ばかりを優先してきた環境対策にもすでに限界が見えはじめているようです。
世界的な規模で次々に起こってくる様々な問題。
今、私たちに何が問いかけられているのでしょうか。
今回の勉強会では、こうした問題を踏まえつつ、時代の転換期を乗り越えていく為に、私たちがどのような問いかけを行っていけば良いのかについて皆さんと一緒に考えていきたいと思っています。
 日時:12月19日(金) 18:00~20:30(予定)
 場所:十思スクエア中央区NPO・ボランティア団体交流サロン内 会議室
   http://www.banokenkyujo.org/about/shozaichi.htm
 参加費:会員…5000円 非会員…6000円
   ※理事による紹介で1000円引きになります。
 定員:25名
 申込方法: benkyokai@banokenkyujo.org までご連絡下さい。
   申し込みについては、毎回予約をお願いいたします。
■清水博先生の出会いトーク
2008年10月18日の「場のア-ツコミュニケ-ション」の冒頭に催されました
「出会いト-ク ~美と〈いのち〉の表現より~」の模様をお送りします。
【連載第1回】 
今日ですね、朝、床の中で「美とはなんであるか」ということを考えたんですよ。その理由はね、やっぱり“場のアーツ”っていうんですから美のことを語らないわけにはいかんな、と思ったんです。で、いろいろ考えてみるとね、人間は何故美を感じることができるのか、これはやっぱり大きな問題なんですよね。でね、私はこれは人間だけではないんじゃないかというふうに思うんですよ。蝶が美しい花に惹かれたり、小鳥が自分自身を美しく飾ったり、美しい声で鳴いたり、蝉も鳴きますよね。なぜそういうふうにするかというと、美しさを感じる心というものが生き物にはあるんじゃないかな、と。それは動物だけじゃなくて、植物だって花を咲かせるでしょ。それは証明はできませんよ。証明はできないけれども、そう考えた方が自分にはよく分かるな、と思ったわけなんです。
それはどういうことかというと、場というのは〈いのち〉を表現する空間なんです。〈いのち〉というのはね、もともと自分はここにあるということを、自分の存在を表現する本性がある。何も表現しないものは〈いのち〉じゃないんです。その〈いのち〉がここにあるよ、といって自分自身で表現する空間、それが場なんですよね。だから、〈いのち〉の表現に関わったことを考えると、どうしても場というものが必要になるんです。
それで私は、多様な〈いのち〉が地球の上では一緒に生きていますから、一緒に生きていけるように〈いのち〉を表現したときに、私はそこに美を感じる。〈いのち〉が自分のことだけを表現しても、どうも私はそこに美を感じないんです。だからやはり美しいものに惹かれていくということの根本には、〈いのち〉が他の〈いのち〉に対して呼びかけようとするはたらきがある、と。その呼びかけに私たちは美しいな、と感動するのではないか、と私は思っています。【来月に続きます】
■清水博先生の「今月の一言」
人間の社会は「社会の機能構造」というハードとその「社会の基盤思想」というソフトによってそれなりに発展しながら活動しています。しかしこのハードとソフトが何時も一緒に発展するものではありません。パソコンの場合は、ハードが進むと、そのハードを使うための基本ソフトがつくられる、そしてまたその基本ソフトに合わせてハードが進歩するという形で機能が発展していきます。人間の社会では、社会的機能構造だけが進んでいくと人間の存在を支えている〈いのち〉の間の「縁」が壊れて、それまでの基盤思想と人間存在の間に大きな矛盾が生まれてきます。そのために、社会の基盤思想が新しい思想に変わる基盤思想の進歩が歴史の転換の一般的な形です。この社会的なハードの進歩は「競争原理」によって個別的におきますが、ソフトの進歩は「共存在深化の原理」によって全体的におきるのです。共存在の深化とは、分かりやすく言えば、個々の在り方を変えることによって〈いのち〉の間の「縁」を再編して深めるということです。この縁には、見知らない人々の間の縁、生きている者と既になくなった者との間の縁も含まれていますし、さらに現代では、この地上に〈いのち〉が生まれて以来の生き物としての縁ということも考えられます。これらのことから、転換期を通る度に、人の〈いのち〉の間の縁が再編されることになります。この縁の再編による深化ができなければ、生きて存在していくことができなくなります。場とは縁がはたらく空間のことですから、転換期では場のはたらきが重要になってきます。また人それぞれの〈いのち〉がもらい受けている縁はすべて異なりますから、縁が深まるときには、それぞれのオンリーワンとしての性質が重んじられるのです。
現在の経済危機は人間の考え方や物の見方を根本から変えなければ乗り切れないのではないでしょうか。それは近代文明の基盤思想にしたがって、市場を無限に拡大できると仮定して、資本主義経済をひたすら競争原理によって拡大してきたことがこの危機の原因になっているからです。しかし無限に拡大できる空間という発想は、帝国主義の時代のように、競争原理によって選択される強者だけが存在を許されるという「強者の思想」を生み出します。しかし、この近代をリードしてきた思想では、弱者は格差を受け、その存在には理(ことわり)があると認められません。ブッシュ大統領の「一国行動主義」は、この強者の思想を政治的に実践しようとした試みでしたが、その結果は地球的なレベルで生き物の〈いのち〉の存在を支えてきた縁を壊してしまいました。世界的な規模で紛争を深め、格差社会をつくり出し、地球規模の温暖化とそれによって更に加速する生態系の変化、食糧、水、資源の枯渇に対する無責任な反応、そしてさらに金融バブルとその崩壊による世界規模での恐慌の可能性を生んで行き詰まり、近代という時代に事実上の終止符を打つ役をしたと思われます。つまり、競争原理によって社会的機能を進めた結果、この地上で人間をはじめさまざまな生き物たちの〈いのち〉が共に存在していくために必要な縁が壊れてしまったのです。これから必要なことは、共存在の深化の方向に変化を進めることです。

■今後の勉強会の日程について
通常第3金曜に行っております。都合により第3金曜日以外の日程になる場合もございますが、その場合はこのメールマガジンにてお知らせします。
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■編集後記
28日、定例勉強会。
今回のテ-マは、「場のいのちを深める」
人々の暮らしを豊かにするはずだった経済。それが、いつの間にか逆転し、お金の為の暮らしに慌ただしく追い立てられているような現代の社会。
その経済にも限界が見えはじめ、今、改めて本当に大切な価値とは何かを人々は模索し始めているようです。経済の問題が、実は、単なる金銭的な価値のやりとりの問題ではなく、私たちの存在に関わる重要な問題であるということに気づいている人は少ないように思います。お金の価値だけで考えるのではなく、存在の価値を考えることが、この転換期を乗り越えていくヒントとなっていく。だから、「今月の一言」にあるように、経済の問題も、場の思想に繋がってくるということですね。現代のような転換期に一番必要なことは、知識としての哲学ではなく、社会の基盤思想となる哲学を知って、自分自身のものの見方を変えることです。
今回の勉強会での、清水先生のお話を聞いていると、こうした価値に対する考え方の違いの問題が、より明確になって、思想が何故、今必要とされているのか?ということへの理解もさらに深まってきます。場を考えるときに、「いのち」ということを考えると皆が共有しやすいのではないかと清水先生は述べられています。今回は、その「いのち」への理解を前回の勉強会よりさらに一歩深めるかたちで、自己に内在する超越的他者との相互誘導合致の関係を中心にお話を進められました。“美を創出する超越的他者”“未来からくる超越的他者”そして“相互誘導合致”。難しい内容ではありますが、仏教哲学を折り込みながら、大変深いところのお話を頂くことができました。いのちが輝くときに感じる美、内なる自己との出会い、そして創造と救済。本当に、毎回いろんなことに気づかされ、反省させられます。又、こうして思想や哲学を学び、現代社会の多くの問題点を浮き彫りにしていくことで新たな問いかけも生まれてくるようです。参加者の皆さんからも、率直な意見が活発に出されて、とてもいい勉強会の場が出来ていました。私がいうのもなんですが、こんなに味わいのある勉強会は、なかなかありません。
やっぱり、中身の濃さと深さが大切なんですね。
来月の勉強会も皆さん奮ってご参加ください。

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