8月28日に行われた定例勉強会も
とても活発な意見交換がなされました。
勉強会レポ-トをアップしましたので、
クリックして、どうぞご覧下さい。
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28日の勉強会。
清水先生からは、先日、25日に東洋大学で開催された
「場の研究所研究会~地球の時代に向かって一歩を踏み出すために~」の研究会の報告を含めて、
お話を頂きました。
最近のインフルエンザの世界的な流行をはじめとして、環境の問題、経済の問題も、
隣の国の出来事として無関心ではいられなくなってきました。
世界で起こることが私たちの日々の暮らしに直接、影響してくる時代になってきたということですね。
この地球の時代に向かう転換期に、私たちがどう向き合っていけば良いのか?
人間がこれまでのように自分たちだけの占有する領域を増やすだけでは、地球はやがて壊れてしまい、
人間も又、棲家を奪われてしまうことになるのです。
限られた地球という居場所が、まず守られてこそ、人間も生きていくことが出来ます。
地球という居場所が守られれば、私たちも又守られるということ。
地球の居場所を守るということは、人間だけではなく、他の生き物たちとも、存在を深め合っていくということ、
すなわち、共存在を深化させていくことに他なりません。
その為に、私たちの出来ることはいったい何なのか?
今回の勉強会でも、大きく取り上げられた相互誘導合致の技術は、
共存在を可能にする為の生きる知恵の技術でもあり、
里山づくりの技術であるということを学ぶことができました。
それは、私たちが、これから未来に向けて取り組むべく場の思想の実践のかたちとも言えるかもしれませんね。
清水先生の「未来を指し示すのが思想である」という言葉はとても印象に残るものでした。
地球の時代。この地球の時代における転換期における様々な苦難も、未来から光が差していることを感じることが出来れば、それを乗り越えていく原動力になります。
思想の光を灯すこと。
場の研究所の役割は大きいと思います。
今回も、ご参加頂いた方から、たくさんのご意見を頂きました。
場の思想を、場づくりの技術をどう形にしていけるのか?
地球時代に向けて日本から世界への思想の発信をしていこうという、新たな取組みが今、場の研究所では始まろうとしています。これからの活動も、ますます楽しみになってきました。
政治もついに政権の交代が為されて、新たな未来への一歩が踏み出されようとしています。
皆さんも、この機会に是非、勉強会にご参加になり、一緒に未来づくりについて考えみませんか。
ご参加お待ちしています。
昨年末に、庭に植えた椎の木
もともと、その種類は南の方のもの
植えてからも、あまり元気が無くて
一時期は、枯れそうでしたが、
梅雨の季節に又、芽がたくさん出て
ほっとしていたんですが・・・
最近、又枯れているところがあちこちに
う~ん
頑張れ!と声をかけながら
枯れたところを少し剪定してはいますが
どこまで、この寒い土地と、貧弱な土に堪え切れるのか
環境と生命体の相互誘導合致も大変だなあ・・・
などと思いながら
やがてはたくましく根を張って欲しいと願い
毎日、心で声をかけ
眺めているのです。

本日、25日、東洋大学にて、
「次の時代へ一歩を踏み出すために」をテーマに
研究会が開催されました。
この研究会は、地球の時代における日本の哲学を考えていくことを目的として、
科学、工学、哲学、思想、宗教、医療、言語学、倫理学などの様々な分野の
関係者の方々が集まって行われてきた勉強会です
今回は、元ソニ-の最高責任者でもある出井伸之さんの貴重な提言もあって
場の思想に基づいた技術、相互誘導合致の技術を
どのようにして築いていけば良いのかについて、
実に多彩な視点から、活発な意見交換が為されました。
皆さん、それぞれの分野におけるエキスパ-トでありながら
やはり、次の時代を創っていく為に重要なのは思想である
という点では共通しているようです。
今回の研究会に参加してみて、それを改めて感じさせられました。
しかしながら、現代社会では
お金中心の価値観にすっぽりと覆われてしまって
思想の重要性についての理解を得ていくには、
思った以上にエネルギ-が必要となりそうですね。
場の研究所も正念場というところでしょうか・・・
相互誘導合致の技術、場の技術を
これから、どのように私たちの社会技術として発展させていけるのか
場の研究所のこれからの活動が、今回の研究会で、少し、見えてきたように感じました。
それにしても、本当に凄いメンバ-の研究会ですね
場のムーブメントが
今にも起こりそうなそんな気持ちにさせてくれる研究会でした
皆さんにも、場の思想に是非、触れて頂きたいと思います
次の時代の新しい価値って何なのか?
希望を持って生きていくってどういうことなのか?
そして、どんな生き方をすればいいのか?
一緒に考えていきましょう
きっと素晴らしい出会いの場が広がっていきますよ!
私たちのからだ
私たちの知るよしもない
何十億もの歴史
数えることの出来ない
他の生き物たちとの無数の出会い
地球規模の大きな環境の変動
壮大なドラマ
私たちのからだ
私たちが図ることの出来ない
共存在のドラマ
本当は、
今見つめている
この手の平にも
あるのですね
手を見ながら
私とは何かを
少し
問いなおしてみる
二重の命
少しだけ見えてくるような
そんな気がします
ただ、手を見ているだけですが
不思議なものですね・・・
生きもの全体を含んだ場には生命がある
それは共存在のドラマに包まれている
そのドラマに包まれた生命体の生命を〈いのち〉と呼ぶ
清水先生語録より
共存在のドラマに包まれているということ
そこに、私たちの本当の喜びがあるとしたら・・・
それは他の生き物たちとも共有出来るような喜びですから
何かが欲しいとか、皆んなに認められたいとかいうような
人間特有の欲望を満たすだけの喜びではないということですよね
目的を持って生きる!
夢を持って生きる!
確かに、とっても心地よい響きではありますが
よ~く、耳を澄ましてみると
その目的や、夢の中身に
人間の、のっぴきならない欲望っていうのが
暗く響いて聞こえてくるような気もします
今を生きている喜び
他の生き物たちの死によって
今を生かされているという喜び
死から照らされた生を生きる喜びは
きっと共存在的な喜びですよね
その喜びは、
「嬉しい」という言葉よりも
「有り難い」と表現される方が
自然かもしれない・・・と
いう気もしたりしています
今、この瞬間に一番の喜びがあるって
ほんとうに幸せですよね
皆さんは、今日はどうですか?
不思議ですよねえ・・・
そこいらの虫や草花に
ありがとうって気持ちになると
なんだかとっても心が落ち着きます
これも又、共存在的ということでしょうか
私たちは、本来、そんなふうに感じることが
出来るようになってるのかもしれませんよね
そうだったら いいなあ・・・・
お盆ですね
帰省ラッシュも
今年は高速道路料金格安!ということもあって
お父さん、お母さんもほんと大変そう
私はと言えば
お陰さまで
今日も仕事だったのですが
車の窓から入ってくる風が
この暑さとは裏腹に
やっぱり、どこか秋・・・
暦の上では、もちろん、もう秋
ということになるんですが
暦の季節というのは
こうして体で感じる季節感を
本当に正確に現わしてますよね
知り合いの方が
「秋風を感じると寂しくなりますねえ」と
しみじみと言われてましたけど
夜になって
うちに飾った盆提灯の明かりが
なんだか寂しそうに揺れて見えて
知り合いの言葉を思い出しながら
私もちょっとしんみりしました
〈いのち〉を深める季節が
少しづつ、少しづつ
近づいてきたのかもしれませんねえ
台風の影響を受けて
昨日は大変な大雨の一日でした
近くの川の水位がどんどん上がり
濁流となってたくさんのゴミを
もの凄い勢いで流れているのを見ると
何んとも言い難い不安感に
襲われますね
今日は、昨日までの大雨が治まり
まだ曇り空とは言え
時折、その切れ間から
日差しが差し込んできています
不思議ですね
この隙間からの日差しに照らされた
川向かいの竹林の眩さ
眺めていると
何か、心の奥の奥までが、
光に照らされているような気持になってきます
ああ、本当に晴れて良かったなあ
それは
この天気に向けた言葉なのか
心に向けた言葉なのか
どっちとも言えない感動が
どこからか湧き上がってくるようです
きっと
私たちの心と自然は、
清水先生が言われたように
お互いを映し合っているんですよね
この感動がそれかどうかは分かりませんけど
ほんとうに晴れてよかったです・・・
7月の勉強会では
痛みには、
生理的な苦痛と
神経的な苦痛と
存在の苦痛があるということを
清水先生から教えられました
生理的な苦痛には、
近代医学の対症療法が有効ですが
現代のストレスだらけの競争社会では、
その痛みが、決して生理的なところだけに
留まることなく、存在の不安感のようなものと
複雑に絡み合っているということも
決して少なくないようです
安心して暮らしていける居場所
それを失いつつある人たちが訴える
身体的な苦しみや痛み
例え、その痛みが局所であっても
簡単に消せるものではないのかもしれません
小さなキズが、心の奥深くにどこまでも広がっていくような
長い長い物語を持っているとすれば
それを支える治療だって大切になってくるはずです
それが場の治療ということになるのではないかと思います