特定非営利活動法人 場の研究所 The "BA" Research Institute

2010 年 1 月 のアーカイブ

凄いことです・・・

2010 年 1 月 29 日 金曜日

生命というのはドラマになっていると

  

よく清水先生はおっしゃいます・・・

  

 

舞台があって

  

役者がいて

  

小道具なんかもあって

  

黒子がいて

  

観客がいて

  

その他にも、舞台監督さんとか・・・

 

  

一つのドラマが出来るということはどういうことだろう?

  

そう思って、見えるところ、見えてないところを

 

 少し、考えてみると・・・

 

 

  

舞台監督さんっていいましたが

 

 脚本家だっておられますし

  

脚本が出来るにはそこに、いろんな物語があり・・・

 

 

ああ、忘れてました

 

 

それを見る観客の方々も一人ひとり違いますよねえ

 

これも舞台が盛り上がっていいドラマが出来るかどうかに

 

関わってきますよねえ

 

そろそろ数え上げることが出来なくなってきてしまいまし

た。

 

  

こんなドラマが

 

有史以来ずっと続いてきているのが

 

生命なのですから

 

 

やっぱり生命ってすごい!・・・って

 

やっぱり感動するのです。

死の瞬間

2010 年 1 月 26 日 火曜日

今日、知人の男性の方から

とても貴重なお話をお聞きしました

そのお話というのは、

先日、96歳で天寿を全うされたお父様の

死の瞬間の克明な姿についてのものでした。

ご高齢になってから、ご病気をされ、

何度も大手術を受けられましたが

その都度、病院も驚くほどの回復ぶりを見せ

息子さんは

ガナルカナルでの戦禍を生き抜いた帰還兵の強さを

改めて感じさせられたと、何度も、言われておりました

お父様は、

息を引き取る前になっても

本当に落ち着いていらっしゃったようですが

いよいよ死が近づいたその時、

自ら、一旦、腕を組むようにし、

次に、天に祈るような格好で

静かに両手を組み合わせて

しっかりと握ったと言います

だんだんと、呼吸は弱々しく、静かになってくるのですが

家族の最後の呼びかけに

少しだけ、息を吸い込むようにして

答えるようなしぐさを見せたあとに

やがて、その両手を合わせたまま

ゆっくりと自ら息を止めるようにして亡くなったというのです

息子さんは、その姿をしみじみ振り返りながら

「本当に父は凄い人だったと思います

私もあんな風な死に方が出来るように生きたいですが

とても、とてもそこまで行けそうにありませんね」

少し、自嘲するように静かにおっしゃいました。

戦争という死と隣り合わせの時代を

生き抜いてきた人々にとって、

死に方というのは

本当に大きな意味を持っていたと思います

どのような思いで

最後の死を迎えられたか?

それは、もちろん、

私には、推し量ることなど出来ません

しかし、そのお話を聞いた後に

そのお父様の死の瞬間の姿が

まるで、その場に居合わせたかの如く

鮮明に浮かんできて

それと同時に、

例えようのない熱いものが

込み上げてきたということだけは

確かです

この内側から起こってきた感情は

いったいどこからきたものだったのでしょうか

死に方を考えて生きるということ

もう一度考えて直していきたいと

改めて思います。

場の研究にとって重要な問題だと思います

2010年1月度 定例勉強会

2010 年 1 月 25 日 月曜日

2009年12月度 定例勉強会

2010 年 1 月 23 日 土曜日

大塚正之先生の「場所の哲学」ホームページが公開されました

2010 年 1 月 23 日 土曜日

早稲田大学教授の大塚正之先生のホームページ
「場所の哲学」が公開されました。

http://basho.image.coocan.jp/

2009年12月26日に早稲田大学で開催されました
公開シンポジウムに関するメモなども公開されています。

今後の定例勉強会

2010 年 1 月 23 日 土曜日

2月19日(金)
3月19日(金)

という予定になっています。
どうぞ予定帳にお書き加えくださいませ!

お申し込みはこちらから
http://www.banokenkyujo.org/?page_id=46

人間グ-○ル

2010 年 1 月 22 日 金曜日

先日の勉強会で、

 

清水先生が、

 

思想とはどういうものかについて

 

詳しい説明をされたのですが、

 

その中で、

 

興味深い言葉がありました。

 

それは、

 

思想は、単なる知識や情報ではないということからの

 

お話の展開だったのですが・・・

 

 

「グ‐○ル(インタ-ネットの検索のあれです・・・)になってもしょうがない」

 

 

という言葉。

 

 

なかなか強烈なボディ-ブロ-です。

 

(もちろん、グ-○ルが悪いという意味ではありませんので・・・)

 

 

確かに、最近の私たちというのは、

 

何かにつけてすぐに、「答え」としての情報を求めようとしてしまいます

 

大事なことは、「問いかける」ということであると

 

いつも清水先生はおっしゃいます。

 

もちろん、このことは、思想を学ぶ基本にもなると思いますが

 

何よりも

 

やっぱり

 

記憶装置や

 

情報処理の機械に

 

自分がなろうなんて思ってませんものね

 

 

そのくせ、この言葉が

 

ズシッと来てしまうのは

 

やっぱり・・・

 

私もグ-○ル化しているからなのかもしれません

 

 

グ‐○ルは、恋をしたり

 

人生を深く考えたりすることは出来ません

 

私たちが人生を豊かにするということと

 

知識をたくさん持つということとは、

 

随分、違うことなのですが

 

ついつい私たちは・・・

 

人生を豊かに生きる為の「答え」探しを

 

考えてしまっているような気がしてなりません

 

反省・・・ですね

ウサギとカメの立ち話

2010 年 1 月 19 日 火曜日

カメ:ねえねえ、ウサギさん

物事を考えるときって・・・

ああじゃないか?こうじゃないか?って言うよねえ

その、こう?とか、ああ?とかって

どこから来ているんだろうね?

 

ウサギ:カメさん難しいことを言うねえ

そりゃあ、これまでの苦い体験からじゃないの?

 

カメ:なるほど・・・

 

ウサギ:これまで、学んだ知識からっていうこともあるよね

 

カメ:はあ・・・

  じゃあ、その元となった知識ってどこから来てるの?

  正しいの?間違っていないの?

 

ウサギ:理屈っぽいねえ、カメさんは。

それは教わった先生にでも聞かなきゃあ分からないよ

 

カメ:その先生が、どんな考えを持ってたのかで、随分違ってきそうだよねえ

 

ウサギ:考えたこともなかったね~。

でも、この情報がこうだから、こうに決まっていると考えることと

この考え方から、このことを考えてみるとこうなる!というのでは

確かに随分違いがあるよねえ

 

カメ:最初から、答えが決まっているということと

  どう考えていけば良いのかが分かるということは

  一見、似ていて間違えそうだけど

  ほんとうは、全く違うことなんだよねえ

 

ウサギ:僕らの森も、四季折々で、いろいろ変わるからねえ

   あのとき、確かにあった食べ物が、いつまでもあるとは限らないしね 

そうなると、情報だけじゃあ上手くいかないってことになる訳だね

 

カメ:そうそう、この森がどう変わっているのかも分からないで、食べ物の知識だけで生きていくことには、無理があるものね

 

ウサギ:そうなると、やっぱり、こんな時にどんな風に考えて、前に進んでいけばいいのかっていう、「知恵」みたいなものがどれほど大切なことなのかが身にしみてくるようだね

 

カメ:人間の世界では、思想っていうのがあるみたいだよ。

 

ウサギ:思想か。でも今の人間って、頭でっかちで、情報だらけって言う感じだね

 

カメ:ほんとそう。ちょっとここらで、人間も考え直して欲しいもんだねえ

  僕らが生きていけない場所には、人間だって生きていけないもの

  その「思想」っていうのを使って、この森の友達とどう付き合っていけるのかを

  考えて欲しいよね

 

ウサギ:ほんとうにそうだねえ。でも、気がついてくれるだろうか、僕らの声に・・・

 

カメ:僕は、楽しみにしているんだけどね。

1月の定例勉強会

2010 年 1 月 16 日 土曜日

1月15日、金曜日、今年最初の定例勉強会が行われました。

いつも以上の多くの方々が参加されました。

新しい出会いがあり、充実した勉強会となりました。

詳細については、「勉強会レポ-ト」にアップしていますので、クリックしてご覧ください。

1月の定例勉強会報告です

2010 年 1 月 16 日 土曜日

15日の定例勉強会。

今回の勉強会では、前回、取り上げられた“生きていく道”について皆さんと一緒に考えてみたいということで「生きていく形・生きていく為の居場所」がテーマとして取り上げられました

これに関係して、清水先生から頂いたお話が「二重生命と空の思想」です。

思想は、情報ではなく、考える型であるということ。場の思想を学ぶ上で、極めて重要なところだと思います。武道や、芸にも型があるように、型をしっかりと身につけてから、その型を使って様々なところに応用し、又、創造を重ねていく。そこで、はじめて思想という道具が、暮らしの中に生きてくるということになるのです。もちろん、型を学ぶということは簡単ではありません。だからこそ、繰り返し、繰り返しの修練が必要なのです。場の思想を学ぶということは、そういうことなのだということを今回、改めて感じさせられました。

本で、あるいは、インタ-ネットで、型ではなく、情報として取り込んで、思想を単なる知識の一部にしてしまっているということが、実は、情報化された社会の抱える大きな問題点でもあるということも言えると思います。

今回、テ-マとさせて頂いた、生きていく形、居場所の問題を考えていくときに重要となってくるのが、二重生命という考え方です。今回は、この二重生命性についてパソコンのハ-ドとソフト、そして舞台と役者の関係を例にして、より具体的なご説明を頂くことも出来ました。又、仏教で言われる縁、空の思想が、二重生命性とどう関係しているかという点についても、皆さん、理解が深まったのではないかと思います。反対に、説明を聞けば聞くほど、それは、現代社会がいかに、人間中心の目線で、物事をみてしまっているかということが浮き彫りになってくるように感じます。既に慣らされてしまった考え方を転回させていくことは、決して容易なことではなさそうですが、そこを超えて新たな時代を築いていく礎となれるよう、勉強会で学ぶ、私たち一人ひとりが、しっかりと場の思想の型を身につけて社会の力となれるよう努力していけるといいですね。

今回は、新しい参加者も、かなり多く来られて、会場も活気に満ちた新年にふさわしい勉強会になったと思います。ご参加頂いた、皆さん、ご苦労さまでした。皆さんのお力で、今年は、この勉強会を更に盛り上げて頂きたいと思います。

(写真は、休憩中のものですが、携帯であわてて撮ったので、上手く取れていませんでした。すいません。雰囲気だけでも感じて下さい・・・100115_195406

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