福島からの声 2020年12月号

今回の「福島からの声」は、詩人みうらひろこさんの詩集「ふらここの涙」からの連載の3回目です。

未だに収束の見えない新型コロナウィルスの問題とCO2排出の問題が大きく叫ばれる中、

政府は、この人々の関心が原発から削がれている隙を窺うかのように、宮城の女川原発、新潟の柏崎刈羽原発と再稼働への動きを加速させています。

ここ数か月の新型コロナウィルスに対する政府の対応をこの問題と重ねてみると、経済と〈いのち〉の問題を「天秤計り」にかけつつも、最後は「経済最優先」を旗に掲げて、政策が進められていくという姿勢が明確に見えてきます。

しかも、最後に「お墨付き」を与えているのは、私たち国民であることも忘れてはなりません。そして経済の拡大を中心に進んできたこれまでの時代の私たちの生き方が、現在、起こっている問題の解決の足止めになっていることも明らかです。

私は、みうらさんの詩を読ませて頂くたびに、失われた故郷の心の風景に描き出されているような、温かい人々の創る〈いのち〉の居場所が、どれほど一人ひとりの「生きていく力」の礎となってきたのか、そしてこれからの豊かな未来の居場所づくりにとってどれほど大切なのかを改めて強く感じさせられます。

福島原発の問題に向き合うことは、私たちにとって、私たちに続く人たちにとって何よりも大切な〈いのち〉と向き合うということなのです。天秤計りはいりません。今回の詩に表現された「大きな砂時計」こそ、今の私たちが心に刻むべきものなのだと思います。

本多直人

 

 


大きな砂時計

 

「大きなノッポの古時計は

おじいさん一緒に百年

静かな時間を刻んでいた」

 

ある日私達は持ってしまった

*1という砂時計を

あの日、311

千年に一度という大地震と大津波

安全といわれた原子力発電所の事故で

放射能という得体の知れぬ恐怖と

気が遠くなるような半減期を待つ明日を

砂時計は刻みはじめたのだ

 

「インスタントラ-メンに熱湯を注いで

 三分待ちなさい」

 

短いんだか長いんだか

宇宙の時刻は

克明に人類の生きる時間を消却しはじめた

砂時計はこの世の砂漠だ

人類の叡智を注いだ

サソ*2やアライグ*3の生命さえ

高濃度の放射性物質は

フンとばかりに鼻息で吹き飛ばしたのだ

人間の生命だって

フンと砂嵐の中で消されてしまうだろう

何時?何分?何秒まで行き届かないうち

砂時計の一粒の命が

オアシスのように恋い慕う

近くて遠いふるさとの夢を見ながら・・・・・・。

 

1 南相馬市若松丈太郎氏の造語

 

2 原子力格納器の様子を写すために開発されたカメラ付きサソリ型ロボットの愛称

 

3 原子炉建屋の床で水を洗う除染ロボットの愛称

 

2と*3は億単位の開発費がかかったにもかかわらず

過酷な現場で数分で故障した