今回の「福島からの声」は、詩人、鈴木正一さんの詩集「あなたの遺言~わが浪江町の叫び~」から「非日常化の 日常化」をご紹介させて頂きます。
東日本大震災の原発事故から来年で15年になります。私たちにとって、そして被災された多くの方々にとって、今、原発事故は、どのように映っているのでしょうか。
私たちにとっての「ふるさと」は、懐かしい人々、様々な生きものたち、そして自然に温かく包まれて、〈生命〉のドラマが続いていくような「共存在の歓び」のある舞台です。
原発事故は、その「共存在の歓び」を一瞬にして奪ってしまいました。奪われた舞台をいくら見かけ上で取り繕っても、そこに〈生命〉のドラマが起こってこない限り、あの「ふるさと」を感じることは出来ません。それがどれほどに難しいことか・・・今回の鈴木さんの詩からは「共存在の歓び」が奪われるということの深刻さ、大きさ、そして不条理と無念さが胸に突き刺さるように響いてきます。
風化は決して許されません。それは私たち一人ひとりの未来に続いていく何よりも大切な〈いのち〉の問題でもあるからなのです。
(本多直人)
非日常の 日常化
鈴木正一
帰還したら
見慣れた街並みは
記憶にない 異空間
日頃 行き来していた道に
ふと迷う
見知らぬ街に
初めて来たかのよう
帰還者は七% 千五百人
帰還していない町民からも
固定資産税・住民税を徴収
あたかも
〈核災〉が 無かったかのように
住民基本台帳の人口は
五千人 減少 それは
永久強制退去先への 転出と
漸増している 死者の数
十年経ても 限界集落以下の
ふるさと 再生
亡くなった訳も 場所も
分からずじまいの お袋
身内だけの 静かな家族葬
時々遠く離れた 斎場で
久しぶりに会う 懐かしい顔
原発関連死者 二千四百人
衰亡へ追いやった者は 誰だ
聞こえないか 亡者の断罪の声
十年経ても 増え続ける異状
汚染水の「処理水」を 海洋放出
六年前 漁業者と政府・東電との 書面約束
「理解なしには いかなる処分も行わない」
突然 一方的に 公然と 約束を破棄
民主主義否定の 全体主義
その先は い つ か き た 道
看過 許すまじ
非日常の 日常化
