今年最初の「福島からの声」は、藤島昌治さんの詩に引き続き、若松丈太郎さんにご紹介を頂きました、みうらひろこさんの詩集「渚の午後」からの詩のご紹介です(連載)。
著者のみうらひろこさんは、浪江町から相馬市に避難されておられる方で、昨年、ご紹介させて頂きました詩集「荒野に立ちて」の著者、根本昌幸さんとご夫婦です。
お二人は浪江町苅宿に暮らしておられたのですが、この場所は現在、帰還困難区域に指定されています。
原発事故によって、故郷がどれだけ身近にあっても帰ることが出来ず、仮設住宅や避難した場所での苦悩を抱えた日々を送っておられる方々が今もたくさんいらっしゃいます。
みうらさんの詩を読ませて頂いていると、そうした方々のやりきれない悲しみや苦しみの声にとどまらず、故郷の〈いのち〉を紡いできた、あらゆるものたちの声なき声までもが、心に深く浸透するように響いてくるのです。
この詩の一つひとつから伝わって、そして私たちの心に映し出される「福島からの声」を是非、皆さんと一緒に噛みしめ、深く問いかけていければと思っております。
ことり
持ち上げた小さな器を
そっと棚にもどした
ことり
淋しい音がした
器に触れていた私の手の温もりが
迷った分だけ響いたようで
ことり
哀しい音だ
あの浪江の自宅に置いたままの
小さな器たちよ
旅先で求めたり
自分への褒美として集めた
思い出を沢山盛った器たちよ
帰ることの出来ない古里の
古くて大きな家の飾り棚で
誰に触れられることもなく
誰に眺めてもらえることもなく
ひっそりと三年
時折の余震で
脅えたような音をたててはいないか
愛しんだ小さな器たちよ
安らぎと癒しを
私に与えてくれた器たちよ
見えない 臭いもない放射性物質の
セシウムの雨がまだ降りつづいている
古里浪江は帰還困難区域
望郷の思いにかられるとき
飾り棚の小さな器たちへの
想いがこみあげてくるから
ことり
私の胸の中に
愛しい音がひびいてる
遺言(被災地の牛)
おメエ知しんにと思うけど
俺たちの他になあ
人間という生き物がいてなあ
干し草くれたり
水をたっぷりこの桶に満してくれたもんだ
一日の仕事が終ると
ほらそこの浅い流れの中で
俺たちの身体を洗ってくれ
ピカピカに黒光りさせた俺たちを
みんなで自慢し合っていたもんさ
あんときの人間の手の感触ったら
気持ちいいもんだったなあ
もう人間は戻って来ねえのかなあ
おメエ人間なんてみたことねえべ
ホオーイ、ホオーイという声
ヨオーシ、ヨオーシという声
聴いたことねえべ
ある日突然地面が大きく揺れて
それから人間達が消えてしまったあと
オメエが産まれてきたんだもんな
ホラ、この耳の黄色いタグ*
これは俺達が人間に飼われていたという
証拠のしるしなんだよ
オメエら若いもんには何も付いてねえべ
野ら牛と呼ばれているらしいぞ
たまに白い格好をした人間が車に乗って
このあたり素通りしてゆくけど
あんな様子してなかったよ
あの頃の人間というもんは
一体どこさ行っちまったもんだか大挙して
いいか俺がオメエに教え込んだこと
食べられる草と食ってはなんねえ草
これだけはよーく守れよ覚えておけよ
そして生き延びて生き延びて
子や孫増やしていけ
俺達の遺伝子がどうなってゆくか
放射能を浴びた牛たちの末路をみて
いつか人間達の役に立つかもしれん
なんだって?
世話にもなった事がねえ人間に
エサもらったこともねえ人間に
なして役に立たねばなんねんだって?
いいか俺はもうじき立っていらねなくなる
そしたら草や水のあるところまで
歩いて行くことも出来なくなる
その時はオサラバっていうことなんだよ
オイ、若いの、つべこべ言ってねえで
とにかく生きてゆけ、生き延びてくれ
*原発避難地方の牛達は放れ牛となり野生化、牛舎で餓死、安楽死。この他に豚、ダチョウ、犬、猫なども犠牲になった
届けたい
私は郵便ポストです
あの大地震のあとの原発事故で
全町、全村避難区域となった
福島県双葉郡のポストです
口に紙を貼り付けられ
黙って佇んでいるポストです
ここは避難区域のため
このポストは使用禁止です
私は届けることが出来ません
誰にも思いを届けられません
私は届けたい、お役に立ちたい
老いた母が都会に行った息子や娘に
安否をたずねる手紙を
届けたこともありました
私と同じ赤い服を着たサンタクロースに
子供達が託した願い事を
沢山、沢山届けたこともありました
離れて暮らす恋人達に
愛のメッセージを
届けたこともありました
私は届けたい
親を気遣う子供の心を
子を思いやる親の慈くしみを
いつまでも仲良くしようと
友情を誓い合った
あの子たちの思いを
私は届けたい
海と山と川のある美しい町や村に
今でもセシウムの雨が降っているから
帰りたいけど帰れない
こんな人達がまだ沢山いることを
家畜やペットが置き去りにされ
全区域の人や車が
絵の具のハケでさっと一塗りされたように
風景の中から消えてしまったことを
私は世界中の人達に
原発事故は未だ収束されてないことや
コントロールされてないことを
避難している十六万人*の
悲しみや悔しさややりきれなさと
張り裂けそうな心の便りを
届けたい 届けたい 届けたい
* 二0一一・三.・三十一現在