福島からの声 2016年3月

今月の「福島からの声」は、連載第2回目として、みうらひろこさんの詩集「渚の午後」からの詩を前回に引き続いてご紹介させて頂きます。

今回ご紹介させて頂く詩「遅すぎた約束」からは、震災時の壮絶な場景が生々しいまでに伝わってきます。

その悔しさ、悲しさ、無念さは、あまりにも大き過ぎて推し量ることさえ出来ません。

 

今の日本の政府は次々に原発の再稼働を推し進めようとしています。

福島で起こった大惨事から何ら学ぶことなく、目先の経済ばかりを優先し、なし崩し的に進められていく現在の原発政策の在り方に失望と強い憤りを覚えるのは、私だけではないはずです。

 

3月11日を前に、私たちが本当に安心して暮らしていけるような居場所づくりと復興について真剣に問いかけていくのなら、この「福島からの声」にしっかりと心を向けて、その一歩を踏み出していかなくてはならないのだと思います。

 

(本多直人)


遅すぎた約束

約束を果たせなかった事で

 

心を病んだ人達を知っている

 

 

 

巨大地震のあとの大津波の退ひけた後に

 

打ち上げられた漁船やひしゃげた車

 

流されてきた住宅の屋根に

 

行く手をはばまれ

 

甚大な瓦礫の山の間を

 

救助に駆けつけた人達がいた

 

消防団や町役場の職員や

 

家族や親戚の手掛かりを求めた住民達が

 

必死で生存者を捜し歩いたのだ

 

 

 

どこから聞こえてくるのか弱々しい声が

 

仰向けになった車の中から

 

窓ガラスをたたく音が

 

迫り来る闇の中から救助を求める声が

 

オーイ、どこだ、どこに居るのだ

 

阿鼻叫喚の地獄絵の中に

 

雪が降り、浜風に吹雪きはじめた

 

そーら余震だぞ、気をつけろ

 

揺れの中で一担引き揚げ指示がでた

 

明日朝一番に助けに来るからな

 

きっと、きっと助けに来るからな

 

誰にともなく叫びつづけた声は

 

牙を剥いた波の音に消えていった

 

 

 

その約束を果たせなかった事を

 

悔んで悔んで胸を掻きむしった日々に

 

しだいに心が蝕んでしまったという

 

救助に向うはずの翌日は

 

隣町に建つ原発が津波に呑まれ

 

メルトダウンで爆発の危険があるからと

 

全町避難、まるで石持て追われるようにして

 

 

 

津波の瓦礫の下で救助を待っている人たちに

 

心を残しながら避難する町民の誘導

 

家を流され、家族の生死を確かめるすべなく

 

マニュアルも何も無く

 

放射能の情報など届くこともなく

 

ただ職責を果たすための日々

 

後の原発事故調*の検証でわかったことは

 

町民を避難させた先が放射線量が高く

 

津波の被害を受けた海岸の辺りは

 

ずうっと低かったという事実

 

早くからその情報が届いていたなら

 

翌日すぐに救助に向うことが出来たのだ

 

その事が悔しい、その事が悲しい

 

約束を果たすため

 

手つかずの瓦礫の山に入ったのは

 

あまりにも長い時間が経過していた

 

 

 

ひたすら救助を待ちながら

 

原発が爆発して放射能が降って

 

町中の人達が逃げて

 

町がカラッポになった事も知らず

 

息絶えた多勢の人がいた

 

その事を悔み、嘖なまれている人よ

 

あなた達が悪いのではない

 

あなた達は悪くはないのだ

 

誰もが経験したことのない未曾有の出来事

 

消防団員の、町役場の、警察官の

 

家族の安否を尋ねるため

 

救助に行こうとしていた人達よ

 

約束を果たせなかった事で

 

心を病んでしまった人達よ

 

あなた達は悪くない

 

あなた達は決して悪くない

 

 

 

*国会事故調査委員会

 

 

 

この作品は二百行の連作をまとめたものです。登場した人達の顔、救助を待っていたであろう人達の顔が思い浮かんできて、泣きたくなるような気持で書いたものです。